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系統樹ハンターの狩猟記録

MUL-tree の話題

お茶の水女子大の研究者からメールをもらった.系統推定論のひとつのテーマである「MUL-tree(multiple-leaved tree)」の研究史について調べているとのこと.ある同一のシングルトン(個々のtaxonやarea)が系統樹の末端に複数回出現する系統樹のことを「MUL-tree」と呼ぶ.分断生物地理学(vicariance biogeography)では,広域分布種や重複分布種を含む地域分岐図の推定の際にその状況が生じることがある.通常の系統推定では同一のシングルトンはただ一回しか系統樹上に出現しない(ふつうそうだろう).しかし,MUL-tree の場合はその条件が緩和されている.その一方で,同一シングルトンの複数回出現は,単一回出現の場合の「n-tree」(すべての分岐図は数学的にはこれで定義できる)の条件と抵触するため,別の定義を用意する必要があった.もう二十年も前に出した論文:N. Minaka (1990), Cladograms and reticulated graphs: A proposal for graphic representation of cladistic structures. Bulletin of the Biogeographic Society of Japan, 45: 1-10 では,従来の「n-tree」の一般化として多重集合論(multiset theory)を適用するというアプローチを提唱した. 多重集合(multiset)はもともとシングルトンの複数回出現を前提としているので,この問題状況には適切な概念装置だろうという目論見があった.その論文を出してすぐに,まだニュージーランドにいた Rod Page からファクス(電子メールではない!)が届いた.彼が当時進めている分岐成分分析のひとつである「reconciled tree method」)で,種分岐図から地域分岐図への写像(mapping)を考えるとき,多重集合を前提にすれば広域分布や重複分布のケースも扱えるからとのことだった.のちに,Roderic D. M. Page (1994), Maps between trees and cladistic analysis of historical associations among genes, organisms, and areas. Systematic Zoology, 43: 58-77 の中でワタクシの論文が引用された理由はそこにあった.というような情報提供を質問者に返した.今の計算系統情報学で,多重集合に基づく系統推定論が注目されているのは興味深い.やっとそういう考えが実用化される段階になったということかもしれない.その後も,「MUL-tree」に関する茗荷谷とのメールのやり取りは続いた.系統推定論は応用グラフ理論なので,それに関心のある数学者が参入してくれば研究はかなり進むにちがいない.離散数学統計学は系統学者にとって基本リテラシーとなりつつあることを実感している.

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