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系統樹ハンターの狩猟記録

第68回日本生物地理学会大会シンポジウム〈チェイン・ツリー・ネットワーク:体系学におけるデータ可視化と情報グラフィクス〉

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〈チェイン・ツリー・ネットワーク:体系学におけるデータ可視化と情報グラフィクス〉
 【日時】2013年4月14日(日)15:00〜17:50
 【場所】立教大学(池袋),14号館D201号室
 【オーガナイザー】三中信宏農業環境技術研究所東京大学
  → ポスター: [pdf]

演者・演題


【趣旨】

存在物(オブジェクト)の多様性を研究対象とする体系学(systematics)は,生物はもとより,言語・写本・様式・文化などさまざまな構築物を含むオブジェクトに適用できる普遍性をもつ.オブジェクトの多様性を理解しようとするこれまでの試みの中で,さまざまな分類チャートや系統ダイアグラムが用いられてきた.それらを図像学的に見直すことにより,一般体系学におけるグラフィック・ツール(チェイン,ツリー,ネットワークなど)のもつ意義に光が当たる.これらのグラフィック・ツールは,進化するオブジェクトの分類構造と系統関係を考察するための指針を示唆する可能性を秘めている.今回のシンポジウムでは,データ可視化と情報グラフィクスにも通じるこのテーマをめぐって,一般体系学・デザイン論・歴史言語学バイオインフォマティクスの観点から講演と議論を深めることを目的とする.


【講演要旨】

1) 分類と系統:多様性の視覚化と体系化のための図像の役割について
  三中信宏農業環境技術研究所東京大学大学院農学生命科学研究科)

生き物の多様性を研究対象とする分類学と系統学の歴史を振り返ると,生き物に関する知見や情報を「目に見える」ように体系化してきた.生物多様性をその進化や系統にもとづいて論じるようになったのは確かに19世紀以降のことだが,分類や系統を視覚化するためのさまざまな方法,たとえばチェイン(=連鎖)やツリー(=系統樹)あるいはネットワーク(=マップ,チャート)などの図表は,二千年以上前までさかのぼるルーツをもっている.神による被造物を下等な存在から高等な人間へとつながる「惣菜の連鎖」として直線的に図示したのはプラトン以来の伝統だ.進化学と結びつけられて論じられることが多い系統樹もその図像的起源はキリスト教神学から中世スコラ哲学が支配した時代にある.また,過去の博物学者たちが動植物の多様性パターンを表示するために用いた多くのマップやチャートなどの視覚化方法は,けっして生物だけに限定されることなく,言語・写本・様式・文化などさまざまな対象に適用されてきた.これらの分類チャートや系統ダイアグラムを総体として見直すことにより,生物などの対象物と知見を整理として理解するための視覚化ツールのもつ意義と役割を再考察できるだろう.存在の多様性を図示化することは,われわれ人間のもつ直感的な認知的理解能力に頼りつつ,多様性の分類パターンと系統プロセスへの理解を深める機能を果たしている.

2) ヴィジュアル言語としての系統樹のグラフィック・デザイン性
  杉山久仁彦(DWH主宰/多摩美術大学造形表現学部)

思考のための道具としての「図(Diagram)」は文字、数字についで「第三のことば(ヴィジュアル言語)」とも言える。「図」の中でも特に重要な表現形式として「系統樹」がある。それらは「幾何図」や「車輪図」あるいは音の調和を表す「モノコード図」と同様、古いものは(紀元前)から用いられてきた。中世のスコラ文献には興味深い多数の「系統樹」や「車輪図」などが含まれるが、これらスコラ文献の最も顕著な特徴は「区別(distinction)する」ことだった。

ヴィジュアル言語の一形式として過去の「系統樹」を見るとき、その発想の多様さに学ぶものは大きい。「系統樹」といえばまず「家系図」や生物の「進化図」が想起されるが、あらゆる事物や概念は「分岐図」で表現することが可能性だ。過去の「系統樹」は人類の精神史や表現史を辿る研究対象としての価値は高い。

一方、情報デザイン系のクリエーターが(世界的に)「ヴィジュアライゼーション」というテーマのもとに情報を可視化したダイアグラムを(インターネットを通して)続々と公開している。これらの中にもチェイン(=連鎖)、ツリー(=系統樹)、ネットワーク(マップ、チャート)図等の出現頻度は高い。新旧の「系統樹」は実用的な表現と美学的な表現に分類できるが、それらヴィジュアル言語としての「系統樹」の優劣はグラフィック・デザイン性が決め手になる。

3) 歴史言語学における系統樹(とその他の)モデル
  菊澤律子(国立民族学博物館/総合研究大学院大学

歴史言語学において、系統樹モデルは、言語の系統関係を表す主要な表現形式となっている。音対応や共有変化に基づいて推定される、ある意味で抽象的な言語の親縁関係は、「言語系統図」という形で可視化される。一方で、すべての言語変化が系統図の形で表現できるわけではないことは古くから認識されており、波動モデルなどの代替モデルも提示されてきた。近年では、祖語の言語鎖としての性質や分岐グループ特定の不可能性などといった、新しい概念の導入とともに系統樹モデルの限界がさらに強く認識されるようになり、それを補うものとして、横線を組み込んだり、完全に異なるモデルが提唱されたりしてきている。

本講演では、オーストロネシア語族から具体例を引用しつつ以上の状況を示すとともに、歴史言語学において系統樹モデルを用いる意義について、他のモデルにも言及しつつ考察する。とくに、近年のアプローチにおいてモデルそのものの限界とみなされている問題の本質が、伝統的な「比較方法」に基づく巨視的歴史プロセスの観察と、さまざまな言語の記述調査の進展により可能となった微視的歴史プロセスの観察との間に生じるギャップの顕在化にある可能性を指摘し、情報の可視化のメリットと危険性について議論してみたい。

4) バイオインフォマティクスからの系統樹可視化
  岩崎渉(東京大学大気海洋研究所)

ゲノム科学に代表される近年の生物学の長足の進歩は、生物学分野に大量のデータをもたらした。今日もますますその勢いを増しつつあるデータの「奔流」は、生物学全体にわたる私たちの理解を確実に深めつつあるが、その一方で、生物体系学をはじめ生物の探求の様々な場面において本質的な不確実性・曖昧性がつきまとうことを膨大なデータによって改めて浮き彫りにした、とも言えるだろう。バイオインフォマティクス(情報生命科学)は今日ではしばしば漠とした定義のもとに使われる言葉であるが、やや主観的にその精神を述べるならば、一時に把握することが難しい生物学データを過度に単純化せず「なるべくそのまま」に、しかし、人間が理解できる生物学知識へと繋げていくことを特徴とする学問である。ここに、不確実性・曖昧性を持つデータをいかに可視化するか、という研究領域がバイオインフォマティクス分野に生じる所以がある。本講演では、不確実性・曖昧性を持ち単純なツリーやネットワークの形ではうまく可視化することができない体系学知識をどのように可視化するかという問題について、演者らが開発してきた超高速階層的ネットワーククラスタリング可視化法や、ツリーでもネットワークでも無いデータ表現法である車輪樹法について取り上げつつ、バイオインフォマティクスからのアプローチを紹介する。


 

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