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archief voor stambomen

系統樹ハンターの狩猟記録

「種問題」ははてしなく続く

毎日新聞キリン実は4種でした 独研究者ら発表」(2016年9月9日)※元論文: Julian Fennessy et al. Multi-locus Analyses Reveal Four Giraffe Species Instead of One. Current Biology, DOI: 10.1016/j.cub.2016.07.036.

高精度の分子系統を調べて,単系統群を保全の対象としようというメッセージはぜんぜんOKだが,このタイプの研究が「種問題」の解決につながるという気はまったくしない.これはまちがいなく “地雷原” で,ゲノムを調べれば「種問題」がきれいに解決できるなんて,そんなお花畑な考えは通用しない.生物学の哲学を知らない素人さんの浅はかさでしかない.

ワタクシがこの “地雷原” を歩いたり見渡してきたかぎりでいえば,1940年代に Ernst Mayr が生物学的種概念をぶちあげて「進化的総合」の旗を振った時代からゲノム情報が手に入る現代にいたるまで,「種問題」が解決できたという楽観論は繰り返し否定されてきた.今回の Current Biology のキリン論文も,ゲノム情報を見るかぎり,キリンは分子系統樹の上で4つの「単系統群」に分かれるのだから,それぞれの単系統群を独立した「種」とみなして保全につなげるべきだという保全生物学上の “政治的種概念” を主張しただけだろう.そういう主張は,1990年に Robert M. May が Nature 誌に「Taxonomy as destiny」という有名な論文:Nature, 347: 129-130 (13 September 1990); doi:10.1038/347129a0 pdf を出して以来,保全生物学の世界では静かに広まっているはずとワタクシは理解している.

要するに,「種問題」は解決されたわけではなく,世紀をまたいでなお未解決のままの問題であるということ.Michael T. Ghiselin が1974年に構想した種問題の「根本的解決」:Michael T. Ghiselin 1974. A Radical Solution to the Species Problem. Systematic Zoology, 23 (4): 536-544. doi: 10.1093/sysbio/23.4.536 abstract はけっして解決にはならなかった.

種問題は「生物学の哲学」の重要なテーマのひとつなので,そういうことに関心をもつ人はぜひ自分で調べてみると得るものが少なくないとワタクシは考える.いくらデータが増えたとしても解決できない概念的問題は残る — この意味で種問題の経緯は浅薄な楽観論を戒める教訓ともなっているわけだ.

こんなふうに筋金入りの「種問題」を電柱の影からのぞいてみたいみなさんには,最新刊の森元良太・田中泉吏『生物学の哲学入門』(2016年8月30日刊行,勁草書房,東京, iv+222 pp., 本体価格2,400円, ISBN:9784326102549目次版元ページ)の第6章「種」をどーぞ.この本が出たおかげで “地雷原” の爆風から逃れられる! 「このゲノムの時代に種問題なんて」などとうっかり口走ってしまったアナタも本書を読めば軽やかに “転向” できるにちがいない(太鼓判).

そういえば,だいぶ前に翻訳した:カール・ジンマー[三中信宏訳]「種とは何か」日経サイエンス,2008年9月号,pp.60-69 は,種問題をいろいろな具体例を挙げながら幅広い視点から論じていて良記事(→ 抜粋).

—— かつて,ある分類学者は「種のハナシをすると酒がまずくなる」と言い捨てたことがあると仄聞した.種問題のやっかいな話題は多くの関係者にとっては “またいで通り過ぎたい” 話題なのかもしれない.

けっきょく,「種問題」は,最終的に解決することに意義があるのではなく,それと共存して生きていく道を模索することに意義があるのだとワタクシは考える.

 



ついでに宣伝をひとつ: 関西哲学会大会ワークショップ〈「種」とは何か:生物学の哲学の現場から論じる〉,15:20〜17:20@大阪大学大学院人間科学研究科(吹田キャンパス)→ プログラム [pdf]|講演要旨 [pdf]| 地図大塚淳(神戸大)さんとワタクシが登壇する.

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